とうめいなうた。

日常をキラキラに。みんながはっぴーな世界を愚直に夢見て、今日も生きてます。

ぽっかり

ぽっかり、夜空に穴が空いた。

そこから神様が、覗いてるのかもしれない。

 

そんな穴を、私達は「綺麗だ」と謳う。

 

少し前、少し前に、

急に友達が亡くなりました

急性なんとか、

病名は忘れてしまったけれど

夜寝て、そのまま起きなかったそうです。

 

その友達のお母さんが

Twitterの存在に気づいて

亡くなったことの報告と今までの感謝を

私たちに伝えてくれました。

私はそのツイートに気づかなかったのですが

別の友達が私が気づいていないことを察して

わざわざ教えてくれました。

 

気づかなかったら、

ずっと知らないで過ごしていたら

ほんとうに悲しくて寂しいことだったので

知れて、よかった、ありがとう、

そう思いながらも、

ずっと実感がなくて、

ただ漠然と

「もう会えないんだ」

って思いました。

 

今まで私は

周りで人が死んだことはあまりなくて

小さい頃に

ひいおじいちゃんが亡くなった時は

92歳だし、認知症だったし、

そこまでたくさんお話したり

したわけではなかったので

なんとなく受け止めていました。

 

ひいおじいちゃんが亡くなっちゃったことより

おばあちゃんがずっとずっと泣きながら

必死にやらなければいけない

いろんなことをこなしていたことの方が

鮮明に覚えています。

いつだってニコニコして

マシンガントークを繰り広げているおばあちゃんの、

初めて見た涙で、

(ああ、自分の親がなくなるって

とてつもなく辛いことなんだろうなあ)

と小さい私は思っていました。

 

そして、それ以降で

はじめて、

身近な人が亡くなりました。

 

彼と私はライブ仲間で、

でも説明しづらいよくわかんない関係で、

仲いいのかってきかれたら

首を傾げるけれど、

おそらく仲は良くて、

彼はだる絡みがしつこくて

いかついタトゥー入れてるくせに

へたれみたいな性格でなのに打たれ強くて

少しめんどくさい性格だったので

私は彼のことを邪険に扱ったり、

雑に扱ってたり、

でもそんな私を受け止めてくれたし、

たまにTwitterをブロックしたり、

でも2人でライブも行ったり、

わがままにも付き合ってくれて、

同じライブにいるのに合わないようにしたり、

仲直りしてライブいったり、

好きなものを共感したり、

なんだかんだ私は彼のことを尊敬してたし

仲間として好きだった。

 

彼は私にフェスに連れ出してくれて、

フェスの楽しさを、

もっと言えばライブで暴れる楽しさを

教えてくれたし

音楽ってほんとに最高で、

そんな音楽やそれを愛してる仲間に出会えて

ほんとうに生きてるって素晴らしいって

そう思わせてくれるきっかけを

つくってくれたのも彼で

かれがいなかったら

今の私はいなかった。

 

大げさじゃなくて、

ほんとにそう思う。

 

そんな人に、もう二度と会えない。

 

雑に扱ってたけど、

意外と好きだったよって、

そんな気持ちを伝えることをもできない。

 

亡くなるって、

いなくなっちゃうって、

そういうことなんだなって。

 

じわじわと実感が迫ってきて、

 

心にぽっかり、

 

ぽっかり穴が空いた。

 

もしもう1度会えたら、

次は優しくしてあげよう

 

なんて、

 

そんなことは思わないし、

そんなの私と彼のこの曖昧な関係には

そぐわないなあって思う。

 

けれどやっぱり、

もう1度会いたいって思ってしまうし

 

次にライブに行ったら、

彼の霊も遊びに来てて、

「ありがとう」が、

「大好きだよ」が伝わるといいな、とか

そんなバカげたことを考えている

今日このごろです。

 

ぽっかり。

 

ぽっかり。